「今日一日」の力──依存症回復の小さな一歩

はじめに──「一生◯◯してはいけない」の苦しさ
依存症からの回復を目指すとき、よく言われるのが「もう一生、飲んではいけない」「もう二度と行ってはいけない」「もう一生、それはしてはいけない」という言葉です。
もちろん、それは事実かもしれません。あなた自身が心の底から「これをしてはいけない」と理解し、決断している場合もあるでしょう。
でも、それでも——その「一生」という言葉に、押しつぶされそうになったことはありませんか?
想像してみてください。これから先の数十年という長い時間を、何か大切なものをずっと我慢し続けて生きていくと思うと……苦しくなるのは当然です。人間は「ずっと」「永遠に」といった長い時間を思い描いたとき、重荷を感じてしまうものなのです。
「回復の道のりは、苦しみと我慢の連続でしかないのだろうか」
「これからの人生、何を楽しみに生きればいいのか」
そんな気持ちになるのは、とても自然なことです。そして、そんなときこそ知っていてほしいのが、「今日一日」という考え方です。
「今日一日」という考え方とは
- 「今日一日だけ、飲まない」
- 「今日一日だけ、行かない」
- 「今日一日だけ、やらない」
これは、断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス)など、回復に取り組む多くの場所で大切にされている考え方です。
なぜ「一生」ではなく、「今日一日」なのか。
それは、「一生我慢する」ことよりも、「今日だけ我慢する」ほうが、ずっとやさしく、現実的だからです。
今日だけなら、頑張れるかもしれない。
明日のことは、明日考えればいい。
とにかく今日は、自分を守ることだけを考えよう——。
そんなふうに、時間のスパンをぐっと短くして、目の前の一日を丁寧に生きていく。これは決して甘えではなく、むしろとても勇気のいる、賢明な方法です。
「今日一日」は、苦しみの中にあるあなたの心を、少し軽くしてくれるはずです。
「今日一日」の実践法
「今日一日」と言っても、最初はどうやって意識すればいいのか分からない方も多いと思います。ここでは、実際に「今日一日」を意識しながら過ごすための、いくつかの具体的な方法をご紹介します。
◆ 朝、今日一日を決める
一日の始まりに、静かに自分にこう語りかけてみてください。
「少なくとも、今日一日は飲まない」
「少なくとも、今日一日は行かない」
「少なくとも、今日一日はやらない」
心の中でもいいですし、紙に書いても、声に出しても構いません。
ポイントは、「永遠にやめる」と自分を追い込むのではなく、「とりあえず今日だけ」と区切ること。
これだけで、心の緊張が少しゆるみ、「なんとかやれそうだ」と感じられる方も多いのです。
◆ 苦しい瞬間には「今このとき」に戻る
一日を過ごしていると、誘惑や不安、イライラに襲われる瞬間もあるでしょう。
そんなときは、思い出してください。
「今日だけはやめておこう。明日のことは、明日考えよう」
このフレーズは、あなたの心を守るおまじないのようなものです。
また、「深呼吸をする」「一杯の温かいお茶を飲む」「信頼できる人に連絡する」といった、小さな行動も大きな支えになります。
◆ 一日の終わりに、そっと自分を認める
夜、寝る前に静かに振り返りましょう。
今日一日、どんなふうに過ごせたでしょうか。たとえ完璧でなくても、「今日を乗り切った自分」をどうか認めてあげてください。
「今日はよく頑張った」
「苦しい中でも、よくやった」
「また明日も、“今日一日”から始めよう」
そんな言葉で、自分に優しく声をかけてください。自己否定ではなく、自己受容。それが、回復の土台になります。
「今日一日」を続けたその先に
「今日一日」を続けていくと、不思議なことが起こります。
気づけば、「飲まなかった日」「行かなかった日」「やらなかった日」が、少しずつ増えていくのです。
最初はたった1日だったのが、やがて3日、1週間、1ヶ月、半年──。
その積み重ねが、あなたの人生を静かに変えていきます。
変わっていくのは「日数」だけではありません。
- 自分を信じられるようになる
- 気持ちが安定してくる
- 人との関係が少しずつ修復されていく
「自分には無理だ」と思っていた人が、「もしかしたら、自分にもできるかもしれない」と思えるようになる。
それこそが、「今日一日」を繰り返して得られる、確かな力です。
それでも苦しいときのために
「今日一日」という考え方があるといっても、どうしても耐えきれない、逃げ出したい、そんな日もあります。
ときには、「今日一日すら、無理だ」と思う日だってあるでしょう。
それでいいのです。
人は機械ではありません。感情があり、過去があり、体調も気分も毎日変わります。
調子が悪いとき、苦しさがピークのときは、「今日一時間だけ」「次の10分だけ」と時間のスパンをもっと短くしてみてください。
それでも無理なときは、誰かに話してください。
頼れる人がそばにいないと感じるときも、世の中にはあなたのような経験をしている人、回復を目指して歩いている人、そしてあなたの話を聴こうと待っている支援者が必ずいます。
依存症からの回復は、「一人で頑張り続けること」ではありません。
むしろ、「つながること」「助けを求めること」が、あなたの強さなのです。
おわりに──あなたに伝えたいこと
「今日一日」という言葉は、私たちに“今”を生きる力を与えてくれます。
過去に囚われず、未来に怯えず、「今日」だけに心を置くことができたなら——
その日一日が、生きやすくなるかもしれません。
あなたは一人ではありません。
失敗しても、また始めればいい。
くじけても、何度でも立ち上がっていい。
完璧じゃなくていいのです。大事なのは、自分の回復の道をあきらめないこと。
今日一日、少しでも心が軽くなったなら、それはもう立派な一歩です。
◎オンラインカウンセリングのご案内
もし、「誰かに話したい」「この思いを分かってほしい」と感じたときは、どうかその気持ちを大切にしてください。
当カウンセリングルームでは、依存症からの回復を支えるオンラインカウンセリングを行っています。
匿名でのご相談も可能ですし、カメラオフでの対応もできます。あなたのペースを大切にしながら、心の整理をお手伝いします。
一歩踏み出すことは、勇気のいることかもしれません。
でもその一歩が、あなたの「今日一日」を、少し楽にしてくれるかもしれません。
いつでも、あなたをお待ちしています。